第7回:非当事者として貧困問題の解決に取り組む(4)

 

フィリピン現地でプロジェクトを行っていると、フィリピン人スタッフや住民との間で、時間を守ることの意識の違い、公私の区別の基準の違い、現在を楽しむことと将来に備えることとの重点の置き方の違い等々、文化や価値観の違いに起因するトラブルや衝突は大きなものから小さなものまで日常茶飯事である。筆者の所属する団体(以下「アクセス」)もこうした問題にぶつかってきているが、その中でも特徴的な例を紹介し、こうした文化や価値観の違いをどのように捉えどのように対処しているのかを示すことを通じて、国境を越えたボランティア活動の持つ可能性について、今回と次回を通じて考えたい。

 

起こった問題

次に引用するのは、以前のものになるが、アクセスの学生ボランティアスタッフによるレポートである。レポート主はアクセスのボランティアスタッフで構成されるフェアトレードチームの一員で、アラバット島ペレーズで行われているココナッツの殻を使ってアクセサリーや皿などを作り日本で販売するフェアトレードプログラムの生産者団体「マパヤパ」を支援する活動を行っている。マパヤパがある 「問題」を抱え、もう一人のメンバーとともにマパヤパと話し合いをもつために現地を訪問した時の報告である。

 

「(マパヤパが抱えた「問題」とは)マパヤパリーダーであるAさん一人の独断で、誰をメンバーに入れるか、誰をやめさせるかを決めている事、その結果Aさんの 家族がマパヤパメンバーに入っていること、Aさんが誰に何個作ってもらうかを決めている事を知りました。 つまり、マパヤパの現状はリーダーに決定権があり、他のメンバーは指示待ち状態であるということでした。私たちフェアトレードチームは、ペレーズの貧困を解決するための手段でフェアトレードを取り入れているのだから、まずマパヤパチームの決定事項は一人の独断ではなく、全員が参加できるかたちで決めて欲しい、閉鎖的な組織ではなく様々な人が自分の意見を言い合える、地域に貢献できるような組織にしてほしいと思っています。 将来はマパヤパの利益を個人だけのものにするのではなく、地域に還元できるような組織になってほしいとも考えています。現状ではまだまだ利益も少なく、時には材料費がカツカツであったりし、決して波に乗っているとは言えません。けれど、この現状のまま進むよりも、日本サイドが考えているマパヤパの目的をしっかりと伝えて、マパヤパという組織を目的に向かって活動していけるしっかりした組織にする必要があるのではないかという事と、きちんとした会則を決めて、メンバー全員で決定できる組織になってほしいと考え、それを伝えるためにフィリピンに向かいました。

実際マパヤパの製作現場を見て、楽しそうにわいわい話しながら作業していて、良い感じを受けました。久しぶりに会うAさんは、妊娠中なのにもかかわらず懸命にココボタンを作っていました。生まれてくる子のためにも頑張って働くんだ!と同じくマパヤパメンバーであり夫のBさんも話してくれました。けれど、同時に他のメンバーはどことなくAさんに遠慮気味で、話す中心も彼女であることを実感しました。また、フェアトレードチームもアクセスフィリピンのスタッフも知らな い内にAさんの弟が作業に参加していたのを見て、Aさん中心に組織が作られている!という現地からの情報も実感しました。このままAさん一家がマパヤパを組織し、閉鎖的になってしまったら、私たちフェアトレードチームはこの家族のためだけに支援しているのだろうか…。そんなことも想像してしまいました。

このような事を改善する為に、アクセスフィリピンのスタッフやマパヤパメンバーと共に、5時間にもわたる大会議が開かれました。マパヤパの目的をフェアトレードチームからも提案し、アクセスフィリピンの担当スタッフからも提案し、マパヤパメンバーと一緒に考えました。そして、マパヤパチームが自分たちのことだけでなく、地域のことも考えていけるようなチームになってほしいという思いを伝えました。話し合いの結果、確認されたマパヤパの目的は次のものです。

 

マパヤパの目的

マパヤパは、アクセスが組織し、支援協力しているペレーズ住民のフェアトレード・グループである。

・私たちは、愛するペレーズの自然が与えてくれる材料と、 ペレーズにあり、ペレーズが教えてくれた知恵と技術を持ち寄り、丈夫で美しく役に立つ手工芸品を作り、シンプルライフを実現したいと願う。

・私たちが願うシンプルライフとは、充分な食べものがあり、必要な衣服と住む場所があり、子どもたちに教育を与える事ができ、病にかかった時に薬があり、家族が健康で平和であるような、そのような生活のことである。

・そのために私たちは、より良い商品を開発し、高い統一された品質を保って生産し、アクセスと私たちの商品を正当な価格で買ってくれる人々の信頼と期待に応えられるよう努力する。

・私たちマパヤパは、マパヤパ会員のシンプルライフを実現するために、より貧しい隣人がシンプルライフを得られるように、努力する。

 

また、今まではっきりと決められていなかったマパヤパ会則も今回決められました。 これからはマパヤ パメンバーとアクセススタッフが協力して会議を行い、 リーダー、会計、それぞれの補佐など役割をしっかり決め、運営される予定です。また、正会員と訓練生の区別もはっきり定義され、メンバーに入る基準も決められる予定です。」

 

家族中心主義

ここで報告されている問題は、単に目的やルールが徹底していなかったとか、実権を握ったリーダーが自己の利益のためにその権力を利用するという日本社会にも当たり前に見られる腐敗構造が発生したといったことを示しているだけではない。この問題の背景にはフィリピン社会における家族の果たしている役割の問題が根深く存在している。

フィリピンにおいて家族の果たしている社会的な機能は、日本のそれとは異なる。それは社会保障という機能である。日本の場合、社会保障といえば、健康保険や年金といった公的な社会保障制度や民間の保険会社などが提供する各種のサービスが主流である。病気や怪我をして日常の生活を営むことが困難になったとき、こうした社会保障制度に頼ることで突 然の出費を賄ったり休業保障を受けたりして危機を回避することができる。

ところが、フィリピンではこのような社会保障制度が発達していない。産業が未発展で中央政府の税収がそもそも少なく、歳出も大きな部分が対外債務の返済に充てられるため、社会保障費に回せる額は非常に限られている。そうした中で、民間の常雇用されている労働者や公務員を対象とした社会保障制度はあるが、都市スラムや農村の住民の大多数はそうした制度に加入することは難しい。その代わりに社会保障の機能を果たしているのが家族である。

フィリピン人と日本人が結婚した場合、夫婦間によく発生する問題の一つが、フィリピンの家族への仕送りの問題である。日本人の場合、家族の間の経済的な支援といえば親子の間ぐらいであり、せいぜい兄弟姉妹の範囲ではなかろうか。ところが、フィリピ ンでは兄弟姉妹どころではなく「いとこ・はとこ」までが収入のある者・社会的な地位のある者に頼るのが当たり前の社会である。家族への仕送りについて、初めのうちは寛容な態度を取っていた日本人も、出費がかさむと「なぜそこまでしなければならないのか」と音を上げ始める。他方フィリピン人の方は 「家族を助けるのは当たり前で、それを嫌がるなんて、なんて冷たい人だ」ということになるケースをよく見聞きする。

こうした家族を中心とした相互扶助の論理がさらに拡大されて、家族の外側にも「ウータン・ナン・ローブ」(「心の負債」)という言葉と社会規範で表現される共同体意識と高位者(力を持つ者)への依存意識が形成される。その共同体に帰属している者にとって、お金の貸し借り(借りた方は必ずしもお金を返さない一方で、恩義を受けたという意識は持ち続ける)やひいきをしてもらって当然という意識が生まれるのである。この意識が現代においてもフィリピン社会を動かす規定的な社会原理となっている。

フィリピンの住民の大多数を占める貧しい人々は、こうした家族を核とする社会のセーフティネットを作り上げ、いざとなったときそこに頼って生活をしてい る。これがなければ生きていけないのである。こうした家族中心主義とも言うべき文化は社会の底辺で生活している貧しい人々だけではなく、上層階級の人々も共有している。中央・地方を問わず、フィリピン政府の汚職・腐敗構造はつとに有名であるが、アクセスフィリピンのフィリピン人スタッフに言わせると、これも「国民の利益より自分の家族の利益を優先させる家族中心主義の結果」である。

マパヤパに起きた問題が、単にルールの不備とか職権濫用の問題ならば、事は簡単である。ルールを改めて作るなり、職権濫用を起こした人物にしかるべき処分を行えば済む。だが、上で見て来たよう に、この問題が、ペレーズの住民たちのような貧しい人たちが生き抜いていくために歴史的に形成されて来た家族中心主義という社会システムとそれに基づく価値観から生れたものとして捉えるならば、マパヤパメンバーにとっては、不利益を被る人をも含めて、当たり前のこと・仕方のないことということになる。それを日本人が外から「問題」だとするとき、問題は異なる文化・価値観の間の対立にこそあるということになる。

そして、この時アクセスは、家族中心主義的なマパヤパの組識運営を批判し、それとは異なる価値基準と組識運営の原則──「一部の家族のため」ではなく「より貧しい隣人がシンプルライフを得られるように」 という目的と「リーダー、会計、それぞれの補佐など役割をしっかり決め、運営」するという組識原則──を持ち込んだのである。

 

次回は、こうした問題への対応に際しての考え方や、フィリピン人と日本人との間の共通の基盤となる新しい価値観の模索等について引き続き考えてみ たい。