第2回:国際協力とボランティア

 

前回は、戦後日本社会において作り出された「公」と「私」による「共」的機能の代行という構造そのものが90年代以降破綻しつつあり、同時に民の側の「共」を構築する力そのものも衰退しており、「無縁社会」と呼ばれる状況が生み出されていること、そうした中で直接的な利害を持たない非当事者としてのボランティア活動が、自ら問題を解決しようとする当事者の運動と出会うなかで、「公」にも「私」にも包摂されない「共」的関係と空間を生み出すことの重要性を確認した。

こうした観点から国際協力活動におけるボランティア活動が生み出す「共」性について考えたい。

 

スタディーツアーでの体験

筆者はフィリピンにおける貧困削減に取り組む国際協力NGOに所属しているが、この団体ではフィリピンのプロジェクト地を訪問してもらうスタディーツアーに力を入れている。

ある若いツアー参加者は次のように報告している。「家庭訪問をして、インタビューをすることによって、情報社会の日本に暮らしていても知ることのできない人の気持ちが痛いほど伝わってきたのとともに、自分の考えの甘さを痛感した。ツアー中、一番自分の考えとぶつかったのは、4日目に訪れたパヤタスのゴミ山(マニラ首都圏ケソン市にあるゴミ投棄場)のことであった。午前中、ちょうどトラックいっぱいのゴミが次から次へとやってきて、降ろされていた。今日の暮らしのためだけに、小さな子どもから、年配の人までが、スカベンジャー(捨てられるゴミの中からリサイクルできるものを拾い集め、換金して生計を立てている人たちのこと)として、必死にゴミを拾っている姿を見た。何とも言えない光景であった。ただ見ているだけで、辛くなった。次第に、人権保障もない悪環境の中、ゴミを拾う生活をさせている政府に怒りを感じるようになった。このゴミ山はあってはならないものだと、第三者の自分は思った。しかし、実際インタビューしてみると、自分の考えと違う答えが返ってきた。『教育を受けられないから仕事の選択肢がない。だから、ゴミ山でしか生活できないから、仕方がないのだ。』『援助がないことは辛いが、政府には期待していないし、怒りも感じない。』その後で『今は幸せ?』と尋ねると、みんなが幸せと答える。この生活でどこに幸せと感じるのだろうかと思った。しかし、ある女性は言った。『貧しいと思っているだけだとやはり寂しい。幸せを探すこと、シンプルかもしれないけれど、家族がいるだけで幸せと思う。』何が正しいのか分からなくなった。でも一つ分かることは、ここでの生活は誰が見ても最悪である。しかし、ここでの暮らししかなく、制限されている人がたくさんいる。その中には、夢を抱いている子どもたちがいる。親にも夢がある。子どもに教育を受けさせたい、と。しかし、親は子に教育を与え続けられないという現実。そのため、 子どもたちは大人になっても貧しさから抜けられず、スカベンジャーとして一生を送る現状があると言うことである。自分に何ができるかは分らないが、子どもたち、親たちの純粋な願いを失わせたくない。諦めさせたくない。と、強く思った。」 

 

 スタディーツアーの持つ意味と意義

フィリピンの貧困問題は、TVやインターネット、DVD・書籍等を通じ、さまざまな形で日本においても報道・報告されている。それらの情報を入手することは、少し努力すればそれほど困難ではない。だが、これらの情報を文字や写真を通じ視覚的に取り入れ、理性的に思考・判断するという行為とは根本的に違う契機がスタディーツアーには存在している。それは、視覚のみならず嗅覚・触覚その他の感覚をも総動員して感じることであり、住民たちと文字通り触れ合い、短時間とはいえ食住を共にし、ともに喜んだり、時には戸惑ったりすること、つまりは住民と同じ空間・時間を共有し、彼/彼女たちと多かれ少なかれ感情を共有し、関係を作ることである。

ツアーに参加する大半の人は、ツアーで訪れるような貧困地区に初めて行く。そして、そのコミュニティーの様子や人々の様子を観察しようとする。自分の予め抱いていたイメージに当てはめて対象化し、理解しようとする。だが、少なくない人が、例えば家庭訪問をし、相手と向き合い、言葉を交わすなかで、相手の強い思いに触れる。絶望や諦めの中にあって、それでも生きていくために希望や夢を持ち続けないではいられない「人としてのありよう」を感じ取る。他方、こんなことを聞いたら相手に失礼ではないか、どこまで質問していいのだろう、と迷い始める。あるいは自分が相手からどう見られているのか気になり始める。自分はこの相手とどう向き合えばよいのか考え始める。その時、相手は観察の対象ではすでにない。参加者は、むしろ、相手と相対することで、自分が何者としてそこに来ているのか、相手とどういう関係を作ろうとしているのか、自分がそれに対する答えを持っていようがいまいが、それが問われていることに気づき始める。つまり、相手への関心のみならず自己を問い始めるのである。

一般的に言えば、身なりの良い外国人がやってきて自分たちの家や生活の様子を写真に収めていくことは決して愉快なことではないだろう。自分の家に見ず知らずの外国人がやってきて、写真を取らせてくれ、どんな生活をしているのか話を聞かせてくれと言って来たらどう思うか、自分に引きうつして考えてみればよい。客観的に見れば石を投げられてもおかしくない行為である。だからこそ自己の主体性が問われるのだ。

むろん、スタディーツアーという短期の滞在であり、ツアー参加者と訪問される住民との十全な関係形成を訪問中には期待できない。だが、交流会や民泊といったツアーのプログラムの中で、住民と触れ合い、時にはともに楽しみ、喜び、感情の共有を行うなかで、人により強弱の違いはあれ、相手との関係を取り結ばざるを得ない。そして、その関係の継続を望むか、断絶を望むかは別にして、主体的な判断を迫られるのである。

 

国際協力とボランティア

私が所属する団体で活動するボランティアスタッフの多くは、スタディーツアーに参加し、そこで出会った住民との関係の継続・深化・発展を望んだ人たちだ。ボランティアスタッフは、帰国後、支援チームに所属し活動する。現在、約70名のボランティアが8つの支援チーム・支部に分かれて活動している。

支援チーム・支部の活動の特徴は二つある。一つは、自律的な活動である。各チームは、団体の理念(ミッション)を共有しつつ、それぞれのチームの目的に応じて独自の活動を行う。それぞれに定期的な会議を持ち、自ら議論・決定し、執行する。街頭募金をし、支援会員を集め、ファンドレイズを行う。チームメンバーを集め、研修や学習会を行い、スタッフにしていく。他の団体とのネットワークを持ち、共同でイベントを開催したり、小中高校への訪問授業を行ったりする。

もう一つの特徴は、支援チームがフィリピン現地の住民やスタッフと直接コミュニケーションをとり、協働することが奨励されている点である。各チームのボランティアスタッフは、普段からインターネットなどを活用し、フィリピンのスタッフと連絡を取り、情報のやり取りをするとともに、学生ボランティアスタッフを中心に、年に1~ 2回、春・夏の長期休暇を利用してフィリピンのプロジェクト地を訪れ、現地の青年会など住民との交流を行うとともに、現地の状況を把握し、支援事業の評価と計画についてフィリピンスタッフや住民と話し合う。また、こうして得られた情報を日本の会員や支援者に伝える。さらに、支援チームに所属している学生や、かつて所属していて卒業し社会人になった者の中には、あるいは休学をし、あるいは退職して、フィリピンでの活動を望む者もいる。短い者は半年、長い者で2年間程度フィリピンに滞在し、現地インターンやボランティアとして活動に携わるのである。

こうして、海を越え、国境を越えて、ボランティア活動を通じた直接の・恒常的な協働関係が作られていく。こうした活動は、むろん私の所属団体だけにとどまらない。政府間の国益を基準とした「公」的な関係でもなく、企業による利潤追求を基準とした「私」的な協働関係でもなく、民による協働に基づく「共」的な国際協力(相互扶助)関係が生み出されているのである。

 

※スタディツアー

アクセス-共生社会をめざす地球市民の会では、都市スラム、農漁村地区、ピナツボ火山噴火の被災地などのフィリピンの事業地や、戦跡、教会、市場などを訪問してもらう、貧困をテーマとしたスタディツアーを実施している。民泊や家庭訪問、住民との交流会など貧困地区での出会いと交流を通じて、フィリピンの貧困問題の現状を学んでもらっている。8月・9月・3月には学生を主な対象にした12日間のプログラム、5月・10月・11月には児童労働をテーマに社会人を主な対象にした5日間のプログラムを提供し、年間約60名が参加している。